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2022.05.11

日常言語と学習言語

 最近知ったのですが、今年度(2022年度)から学習指導要領が改訂され、主に高校2・3年生が学ぶ国語が、"論理国語"と"文学国語"に分かれるのだとか。新指導要領によれば、文学国語は"感性・情緒の側面の力を育成する科目"、論理国語は"実社会において必要となる資質・能力の育成を重視"となっています。 近年問題となっている、子供たちの読解力の低下に対応した改定内容と言われています。
ここで問題は、これらは必修ではなく選択科目であり、授業時間の関係で両方を履修することは困難で、論理国語を選択した生徒は、高校2・3年の間文学作品に触れることなく卒業することになるのではないか、と言った危惧の声が教育現場の一部から上がっているそうです。

実はこのことを知ったのは、榎本博明さんの"読書する子は〇〇がすごい"という本に書いてあったからです。
榎本さんの経験では、読解力の低下は小中学生だけではなく、大学生、それも成績が平均以上の学生にも及んでおり、"内気ってなんですか?”とか、”内向的ってどういう意味ですか?"といった質問が飛び出すのだそうです。 ”そんなことも知らないの?”と言うと、”そんな言葉、友達同士やSNSでは使いません”との返事。
このような状態で、授業に支障をきたすだけでなく、アンケートや調査票などでも質問の意味が理解できず、研究に差し支えることが多いとのこと。

このような学生と、読解力のある学生との間で、国語力、ひいては学力の二分化が起きている、と述べています。

それでは、どうするべきなのか?

心理学的においては、言語を生活言語と学習言語に分け、言語発達を日常会話力と学習言語力に分けてとらえるが、コミュニケーションの道具としての言語が生活言語であり、思考の道具としての言語が学習言語である、
日常会話だけでは学習言語を身につけることができない。学習言語を身につけるには本を読む必要がある。
小学生のレベルを超えた語彙のほとんどは話し言葉でなく書き言葉の中に出現する。ゆえに、本を読んでいないと、小学生レベル以上の語彙を身につけることができない。

つまり、本を読みなさい、ということですね

本を読むことが、学習言語を身に着ける唯一の方法であるという主張については、異論もあるかもしれません。 しかし、欧米では小さい時からディベートの訓練をする、日本も見習うべきだといって、ディベートやプレゼンテーションの技術だけ磨いても、その中身の裏付けとなる深い知識や、それらを表現する語彙を知らなければ、説得力のあるものにはならないというのはうなずけます。

もう一つ興味があったのが、”セミリンガル”という言葉です。これは、2つの言葉のどちらでも日常会話はできるが、抽象的な内容を伝達したり理解したりできない状態のことで、上で言う生活言語は2つ身に着けたがどちらも学習言語のレベルには達していない状態です。
小学校でも英語教育が行われるようになりましたが、その前にしっかりとした日本語を身に着けるべきだといった、英語の早期教育に異議を唱える声も聴かれます。 子供たちをセミリンガルにしてしまうのではないか、という意見でしょう。 そうでなくても国語力の低下が言われている中で、国語の時間を削って英語の日常会話をを学ぶということになれば、そういった心配もあながち的外れとは言えないでしょう。

さて、当AMアキヤマスクールでも幼児の英語教育を行っていますが、国語力の重要性については従来より認識しており、小学生については英語だけでなく算数・国語も履修していただくこととしております。 また、英語においても文章を読むということは重要と考え、読み放題のオンライン英文図書を提供しています。
このように、生徒さんがセミリンガルとなることなく、真のバイリンガルとなれるようお手伝いしていきたいと思っています。

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秋山 深雪(あきやま みゆき)

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